東京地方裁判所 平成11年(ワ)11399号 判決
原告 宮川龍一郎
右訴訟代理人弁護士 小倉秀夫
被告 大塚洲弘
右訴訟代理人弁護士 佐久間保夫
同 繁礼子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、朝日新聞朝刊全国版に別紙一記載の謝罪広告を別紙二記載の条件で一回掲載せよ。
第二事案の概要
本件は、東京都江東区東砂七丁目一〇番一七号所在のマンション(名称グリーンパーク東砂。以下「本件マンション」という。)に居住していた原告が、本件マンションの管理組合の理事長であった被告が本件マンションの住民に配布したビラ等により、名誉を毀損されたと主張して、不法行為に基づき、慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告の掲載を求めた事件である。
一 争いのない事実
1 原告は、本件マンションの区分所有者で、平成二年ころから平成一一年五月に本件マンションから現住所地へ転居するまで、本件マンションに居住していた者であり、政治情報提供サービス等を業とする株式会社政治広報センターの取締役である。
被告は、本件マンションの区分所有者で、昭和五九年ころから本件マンションに居住する者であり、平成五年九月から平成九年八月までの間、本件マンションの管理組合であるグリーンパーク東砂管理組合(以下単に「管理組合」という。)の第一〇期から第一三期までの理事長を務めた。
2 被告は、平成七年一〇月二九日ころ、「9月23日に突然理事長(大塚)を訪ねてきた宮川氏は、次のように脅迫的な言辞を並べました。『竹下初め政治家にも沢山知り合いがいる。仕事柄右翼・暴力団にも付き合いがある。自分のマンションを暴力団に売ってやると言えば喜んで1億円で買ってくれる。そうすればこのマンションの価値はなくなる』」との記載(以下「本件記載一」という。)を含む「反理事会の宮川ビラについて」と題する管理組合理事長被告名義のビラ(甲二。以下「本件文書一」という。)を作成した。
3 被告は、平成九年二月二二日ころ、「2月16日(日曜日)の夜中、宮川氏から角屋副理事長に電話がありました。『海老澤氏が動き出そうとしている。彼は関東では知らない者のいない大物だ。私が1週間だけ待ってくれと言ってあるからその間に返事をしろ』というものでした。」、「案の定、平野氏は海老澤なる人物を宮川氏から代理人として世話されていた模様です。宮川氏は政治広報センター(港区赤坂)に勤めています。」との各記載(以下併せて「本件記載二」という。)を含む「宮川、平野両氏の陰謀と戦い住み良いマンションにしましょう」と題する被告他三名の理事の個人名義のビラ(甲三。以下「本件文書二」という。)を作成した上、そのころ、これを本件マンションの住民に配布した。
4 被告は、平成九年五月二七日ころ、「海老澤信は平野の言うところによれば平野氏の甥でやくざであるとのことですが、名簿等では確認されない模様です。宮川は右翼の名簿にあると長谷工は言っていました。」との記載(以下「本件記載三」という。)を含む「マンション住人への広報としての理事会決議について」と題する弁護士佐久間保夫宛の管理組合理事長被告名義のファクシミリ送信用連絡文書(甲四。以下「本件文書三」という。)を作成し、これを本件マンション一階集会室のロッカー内において保管した。
5 被告は、平成一一年八月二三日、「9月23日(秋分の日)、初対面の宮川氏が名刺をもって私の自宅を訪れ、『鈴木氏の味方をする。鈴木氏の裁判を止めよ。自分は政治家にも暴力団にもやくざにもつながりがある。マンションを暴力団に売ったら1億円になる」などと一方的にまくしたてました。」、「宮川氏は、‥‥挙げ句の果てに平野氏の代理人と称する海老澤信氏という暴力団かやくざか分からない外部の勢力を呼び込んで、私はじめ12~13期理事の面々を脅しました。そのため理事会は機能麻痺に陥りました。そしてそのことを知ったマンションの全ての住民の憤激を呼び起こしました。」、「鈴木氏は‥‥私が弁護士に送ったファックスの写しまで宮川氏に提供しました。これには『宮川は右翼の名簿にあると長谷工は言っていました』と書いてあり、これが名誉毀損の訴えの一つの材料となっています。」、「外部の人間と宮川氏、平野氏の脅しで理事会の決議もできなくなった間は、理事の有志が連名でビラを出しました。これについても今回宮川氏が訴えていますが、暴力からマンションを守るための私たちの広報活動は極めて当然のことです。」との各記載(以下併せて「本件記載四」という。)を含む「二つの裁判への支援お願い」と題する被告名義のビラ(甲六。以下「本件文書四」という。)を作成した上、そのころ、これを本件マンションの住民に配布した。
二 原告の主張
1 本件記載一ないし四の公然性について
被告は、本件文書一、二及び四を本件マンションの住民に配布し(配布の日は、本件文書一につき平成七年一〇月二九日、本件文書二及び四につき前記争いのない事実3及び5記載のとおり。)、もって、本件記載一、二及び四の各事実を公然摘示した。
また、本件文書三が保管されていた集会室のロッカー内の書類は、本件マンションの区分所有者であれば誰でも閲覧可能なものであり、本件文書三は、右書類を閲覧する者が容易に認識し得る状態に置かれていたものといえるから、被告は、本件文書三を右ロッカー内に保管することにより、本件記載三の事実を公然摘示したものである。また仮に、被告が本件文書三を当時の管理組合の理事にしか閲覧させていなかったとしても、理事の口からマンション内の住民に伝播していく可能性は極めて高いから、これを右ロッカー内に保管する行為には公然性がある。
2 本件記載一ないし四による社会的評価の低下について
本件記載一ないし四の内容は、いずれも、これを読み、又は人づてに聞いた者に対し、原告が、右翼や暴力団関係者との付合いがあり、これらの者を使って被告や他の理事に対して暴力や脅迫を加えたり、不当な圧力をかけて無理難題を押しつけようとしているとの印象又は原告自身が右翼の一員であるとの印象を与えるものであり、原告は、被告が本件文書一ないし四を配布等する行為により、一市民としての社会的な評価及び政治的中立性が要求される政治情報提供サービスを業とする会社の取締役としての社会的な信用の低下を被った。
3 損害
原告は、被告の右行為により、その名誉及び信用を毀損され、本件マンションからの転居を余儀なくされるなど、多大な精神的苦痛を被った。原告の右精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも一〇〇〇万円の支払がされるのが相当であり、また、原告の名誉及び信用を回復するためには、前記第一の二記載の謝罪広告を掲載することが相当である。
三 被告の主張
1 本件記載一ないし四の公然性について
被告が、本件文書一を本件マンションの住民に配布したことは否認する。
本件文書二及び四は、原告の職場とは何ら関係がない本件マンションの住民にのみ配布したものであるから、仮にその配布による事実の摘示に公然性があるとしても、原告の社会的信用には影響しない。
本件文書三は、集会室のロッカー内に施錠の上保管されていたもので、規約上住民が閲覧を請求できる文書ではなく、被告もこれを他の者に閲覧させる意図を全く有していなかったから、右書面をロッカー内に保管することによって、本件記載三の事実を公然摘示したとはいえない。
2 本件記載一ないし四による社会的評価の低下について
本件記載一ないし四はすべて真実であり、これらを含むビラを配布する行為により原告の社会的評価が低下することはないし、仮に低下するようなことがあったとしても、それは本件記載一ないし四に摘示されているような行動をとった原告の責任であるから、原告は甘受すべきである。
3 違法性阻却ないし責任阻却事由
仮に、被告の行為により原告の社会的評価が低下したとしても、本件記載一ないし四の事実は、公共の利害に係り、被告は、本件文書一ないし四を、専ら本件マンションないし管理組合の適正な運営を図るという公益目的で配布したものであり、かつ、右各書面に記載された内容はいずれも真実であるから、右行為の違法性は阻却される。
また、仮に右各書面に記載された内容が真実ではないとしても、原告が、平成七年九月以降多くのビラ等により、被告やその他の理事を激しく中傷し、脅したという一連の経緯に照らせば、被告には、当時原告が右翼又は暴力団と付合いがある、又は原告自身が右翼の一員であると信じるについて十分な理由があったというべきであるから、被告には故意又は過失がない。
第三当裁判所の判断
一 証拠(後記のもののほか、甲七、乙一八、二五、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被告は、平成五年九月、管理組合の第一〇期理事長に就任した。本件マンションでは、平成六年一一月、築後一〇年目の大規模修繕工事の事業計画案及び予算案についての総会決議がされ(乙二六)、株式会社長谷工コミュニティ(本件マンションの管理会社。以下「長谷工」という。)外二社の相見積りを取った結果、長谷工に対し、右工事を発注する旨の理事会決議がされた(乙二七)。
2 長谷工は、平成七年、右大規模修繕工事に着工したが(乙二八)、本件マンション八階の区分所有者である鈴木敬一及び鈴木由一(以下併せて「敬一ら」という。)が、ルーフバルコニー内に規約に反するサンルーム等を設置し、任意の撤去要請に応じなかったため、右工事の一部を完了することができなかった(乙四)。そこで、被告は、同年一〇月、臨時総会決議を得て、本件マンションの管理者として、敬一らに対する工作物撤去請求訴訟を提起した(乙二の1・2、二九)。
3 原告は、本件マンション入居後管理組合ないし理事会の活動に直接かかわったことはなかったが、同年九月ころ、被告が敬一らに対する訴訟を提起することを知り、同月二三日、初めて被告宅を訪問し、被告に対して、政治広報センターの名刺を渡した上、敬一らに任意にサンルーム等を撤去することを認めさせたから、訴訟を提起する必要はないとの意見を述べ、さらに、自分は大規模修繕工事の見積内容及び管理組合の運営の適正さについて疑問をもっているので、右工事に関する書類や見積書を徹底的に調査するつもりであると述べた。原告は、被告とのやり取りの中で、原告には政治家の知合いがたくさんいる、本件マンションの運営はでたらめである、自分が本件マンションの区分所有建物を暴力団に売ると言えば一億円で買ってくれるなどの発言をした(乙一、九、一六)。
4 原告は、平成七年一〇月二二日、原告を発行責任者とする「グリーンパーク居住者各位殿」と題する同日付けビラ(乙二の1・2)を本件マンションの住民に配布した。右ビラは、「どこのマンションでも多少の問題が有ると思いますが、ここは、問題だらけです。」、「何をやってるか分からない理事会」、「1期、2期、3期、4期、5期と議事録の無い管理組合に不安を抱きませんか」、「その場凌ぎのいい加減な総会を信れますか」、「長谷工コミュニティに、意義あり」(「異議」の誤記と思われる。)などの見出しの下、理事会の議事録等の管理、大規模修繕工事の積立、敬一らに対する訴訟提起などに関する現理事会のやり方を非難する内容の文書である。
5 被告は、平成七年一〇月二九日、右ビラに反論することを目的として本件文書一(甲二)を作成し、同日、理事会において右書面を住民に配布することの是非を検討したが、その結果、本件文書一の代わりに、同月三一日付け「グリーンパーク東砂通信」(乙四。なお、右通信は、理事会が発行する定期広報紙である。)において、右ビラの事実に反する点につき、理事会としての反論を述べるにとどめることとした(乙三、四)。
6 原告は、理事長である被告が長谷工から何か特別な便宜を受けており、両者が癒着しているとの憶測の下に、平成七年一一月二四日ころ、「前期に大塚氏は『ほぼ全員が役員をやった事になる』と報じたが、理事未経験者は四八パーセントもいます。そこまでして大規模修繕工事に直接関係する期間に、連続してやりたがるのでしょうか。」と題する同日付けビラを作成し、住民に配布した(乙五)。
7 平成七年一一月二六日、管理組合の第一一期総会が開かれたが、長谷工に対する管理業務委託費について、原告他数名の住民が激しく異議を唱え、大規模修繕工事の見積書の公開を求めるなどして、第一一期管理費等決算報告及び承認の議案の採決に反対したため、被告は流会を宣言した。右経緯は、同月三〇日付けグリーンパーク東砂通信において、住民に報告された(乙六)。
8 平成八年一月二一日、再度第一一期総会が開かれたが、原告他数名の住民が、大規模修繕工事についての議案(第二号議案)及び被告を第一二期理事に再任する旨の議案(第三号議案)についての説明がないと主張して、大声で不規則発言を繰り返し、そのうち一部の者が投票箱を取ろうとして被告の身体に接触したため、理事会が警察に通報する騒ぎとなった。被告は、右騒ぎの中、議案についての採決を行い、議案はいずれも賛成多数で承認された(乙一七の1・2)。
9 第一一期総会決議に不満を抱いた原告は、第一二期総会に先立つ平成八年一一月三〇日ころ、「グリーンパーク区分所有者各位殿」と題する同日付けビラ(乙七)を住民に配布した。右ビラは、「なぜ!そこまでして特定業者に便宜を計らい 事実を伝えず 説明も無く区分所有者の財産を使いたがるのか」、「可決させる為には真実を隠します」との見出しの下、「‥‥なぜそんなに区分所有者を無視してまで特定業者に便宜をはかるのでしょうか。だから区分所有者から、大規模修繕工事にかかわる質疑(第2号議案)に対しても、大塚氏は『議案ではない』と発言し強行採決に踏切ったわけです。第3号議案の理事承認の件についても、全く質疑させませんでした。」、「グリーンパーク東砂通信においても公共性が無く、真実を歪め、理事長と名乗る大塚氏の越権行為でしかありません。」など、前記の憶測に基づいて、被告による管理組合運営を非難する内容の書面である。
10 平成八年一二月一日、第一二期総会が開かれたが、原告他数名の住民から再び管理報告書の内容についての質問が相い次ぎ、激しい議論となり、第一三期理事選任予定者が辞退を申し出るなどしたため、被告は、再び流会を宣言した。右経緯は、同月一〇日付けグリーンパーク東砂通信において、住民に報告された(乙八)。
11 原告は、平成九年一月ころ、被告による管理組合運営を批判し、被告の配布するビラ等により名誉を毀損されたと主張する本件マンションの区分所有者の一人である平野栄治(第七期理事長)から、その甥と称する海老澤信を紹介され、平野の依頼により、海老澤に対し、被告による過去の管理組合運営の経緯及びその問題点を説明した書面を交付した。
12 被告は、平成九年一月一八日ころ、平野の代理人と称する海老澤から、「大塚、お前のやっている事は、総てペテンである。お前が理事長に成り、いい加減な運営を参年も続けている為に住民が精神的、経済的にも損害を受けている。総会に於て卑劣にも大規模修繕工事の資料内容、議事録、契約書、通帳も非公開とし提示せず、だんまりを決め強行裁決に踏切り不正追及に対しても回答せず、幼稚にもその後不正追及をした住民に対し、揚げ足を取った文章で論点を換えて逃げている。身の潔白を証明したければ左記の事項に回答せよ。」との書き出しで始まり、大規模修繕工事の内容や総会・理事会の運営に関する一〇項目にわたる質問を列挙した上、最後に「参日以内九項については最低限返答しろ」との要求が記載された内容証明郵便を受領した(乙九。以下「海老澤質問状」という。)。被告は、そのころ、右海老澤質問状の写しを本件マンションの住民に配布した。
13 原告は、平成九年一月一八日ころ、「グリーンパーク区分所有者各位殿」と題する同日付けビラ(乙一〇)を、住民に配布した。右ビラは、「長谷工並びに大塚氏に対する公開質問状No.1」との見出しの下、「あなたたちが越権行為で発行している組合広報は、己の保身と不正追及をする住民に対する脅迫としか受け取れません。脅迫する前に、二年間も非公開として説明を避けている大規模修繕工事の見積の内容と下記の質問に回答して頂きたい。」との書き出しで始まり、海老澤質問状記載の質問と共通する質問を列挙した内容の書面である。さらに、原告は、同年一月二六日、被告に対し、「前略 平成九年一月一四日発行の組合広報で貴方は人の財産を『ゲーム感覚』と軽んじています。」という書き出しで始まり、被告による管理組合運営を非難する内容の内容証明郵便を送付し(乙一一)、その写しを住民に配布した。
14 原告は、平成九年二月一六日ころ、平野から、海老澤もこれ以上回答を待てないと言っていることを聞き、同日、副理事長である角屋に電話を架け、その旨を伝え、平野らに対して一週間だけ待ってくれと言ってあるから、その間に回答するよう述べた。
15 被告は、平成九年二月二二日ころ、原告のビラや内容証明郵便への対応を理事会で協議したが、理事の中には理事会名義での反論を配布することにためらう者もあったため、やむを得ず、被告及び一部の理事の個人名義で、本件記載二を含む「宮川、平野両氏の陰謀と戦い住み良いマンションにしましょう」と題する本件文書二(甲三)を、住民に配布した。
16 被告は、本件マンションの総会の混乱が続き、原告が被告を非難、中傷する前記原告ビラ等を配布し、原告及び海老澤から内容証明郵便の送付を受ける中で、平成八年一二月ころから佐久間保夫弁護士に対応を相談するようになり、平成九年五月二七日ころ、その一環として、同月二五日付け理事会の内容を記載した本件文書三(甲四)を作成し、これを、同弁護士に宛てて、ファクシミリ送信した後、集会室内のロッカーに保管した。本件マンションにおいては、総会や理事会の議事録を始めとして、管理組合の関係書類はすべて集会室のロッカー内に保管することとされており、集会室及びロッカーはいずれも常時施錠され、その鍵は各期の理事長が代々管理していた(乙一二)。被告は、当時、本件文書三を総会等で住民に公開することは予定していなかった。
17 平成九年一一月三〇日、流会となった第一二期総会が、第一三期総会と併せて開催され、被告は理事から退任し、さらに、平成一〇年一一月二八日、第一四期総会が開かれ、被告による管理組合運営を批判する区分所有者の一人である鈴木啓之(敬一の子)が第一五期理事長に就任した。
18 原告は、そのころ、鈴木啓之の許可を得て集会室のロッカー内の文書を閲覧したところ、本件記載三を含む本件文書三が保管されていることを知り、平成一一年二月一六日、原告代理人を介して、長谷工に対し、本件記載三の真偽について問い合わせたところ、同社担当者から、長谷工は被告に対して、原告は右翼の名簿にはないと伝えたとの回答を得た(甲五の1・2)。
19 原告は、平成一一年五月二六日、被告に対し、本件記載一ないし三によって、その名誉が毀損されたと主張して、損害賠償を請求する本件訴訟を提起した。
20 被告は、平成一一年八月二三日、本件訴訟の提起を受けて、「二つの裁判への支援お願い」と題する被告名義の本件文書四(甲六)を、本件マンションの住民に配布した。
本件文書四は「残暑お見舞い申し上げます。居住者の皆さんに今の状況をお知らせし、私達への支持をお願いします。」との書き出しで始まる文書であり、原告が、被告の理事長就任(平成五年)以降、本件マンションの管理方針をめぐって被告と対立し、被告や理事会が長谷工と癒着して不正行為を行っていることを示唆し、被告を非難、中傷する内容のビラを繰り返し配布し、遂には本件訴訟の提起に至ったという経緯を被告の立場から説明した上(右説明の中に本件記載四が含まれている。)、本件訴訟について、「宮川氏は今回の私に対する訴えの理由を名誉毀損と言っていますが、攻撃を仕掛けたのは全て宮川氏達であり、私と理事会は組合員の利益を守るために理事会の決議を経て『グリーンパーク東砂通信』などで反論したものです。外部の人間と宮川氏、平野氏の脅しで理事会の決議もできなくなった間は、理事の有志が連名でビラを出しました。これについても今回宮川氏が訴えていますが、暴力からマンションを守るための私たちの広報活動は極めて当然のことです。」と自己の立場を弁明し、最後に、被告も原告に対する別件訴訟を準備中であると述べ、「私はグリーンパーク東砂に居住する皆さんが私を支持するという意志を表明して頂きたいと思います。それが一番の力になります。署名という行動によってあなたの意志を示して下さることをお願いします。」と結んで、住民に対し、本件訴訟及び提起予定の別件訴訟における被告への支援を求める内容の文書である。
21 被告は、平成一一年九月三日、原告に対し、損害賠償等を請求する別件訴訟を提起し、同年一〇月八日、右事実を報告するビラを住民に配布した(乙二〇)。
22 原告は、本件訴訟の第二回口頭弁論期日(平成一一年九月一〇日)において、本件記載四による名誉毀損も請求原因に追加して主張し、被告に対し、右名誉毀損に基づく損害賠償を請求した。
二 本件文書一について
前記認定のとおり、被告は、理事会で協議した結果、本件文書一(甲二)を本件マンションの住民に配布することを取り止めたものであり、右書面が、不特定又は多数の者が認識可能な状態に置かれたものと認めることはできない。本件文書一が住民に配布された旨の原告の主張は、これを認めるに足りる証拠がない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件記載一による名誉毀損をいう原告の主張は理由がない。
三 本件文書二について
被告が、本件文書二を本件マンションの住民に配布したことは前記争いのない事実3記載のとおりである。しかし、本件記載二において摘示されている事実は、原告が角屋副理事長に対して「海老澤氏が動き出そうとしている。彼は関東では知らない者のいない大物だ。私が一週間だけ待ってくれと言ってあるから、その間に返事をしろ」と述べたということのみであり、本件記載二はもちろんのこと、本件文書二全体をみても、海老澤がどのような立場の者であるのかは具体的に摘示されていないし、原告の言動については、右事実以外には摘示されておらず、右事実が、原告が被告に対して無理難題を要求していることを摘示しているとまではいえないから、「関東では知らない者のいない大物」が「動き出そうとしている」と原告が述べたという具体性を欠く記載だけから、海老澤が右翼又は暴力団関係者であり、原告がそのような者を使って被告を脅迫しているなどの印象が直ちに生じるとは解されない。
したがって、本件記載二により、原告の社会的評価が低下するものとは認めるには足りず、これによる名誉毀損をいう原告の主張は理由がない。
四 本件文書三について
前記認定のとおり、被告は、本件文書三を、弁護士にファクシミリによって送信した後、管理組合の関係書類一般についての通常の手順に従って、本件マンション集会室のロッカー内に保管したにすぎず、右ロッカー内の文書は、理事長の許可なくして勝手に閲覧をすることができないことからすれば、本件記載三の事実が他へ伝播する可能性は極めて乏しいものというべきである。被告が、本件文書三をロッカー内に保管したことをもって、不特定又は多数の者に対し、本件記載三の事実を摘示したと評価することはできない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件記載三による名誉毀損をいう原告の主張は理由がない。
五 本件記載四について
1 被告が、本件文書四を本件マンションの住民に配布したことは、前記争いのない事実5記載のとおりである。
2(一) そこで、本件記載四に摘示された事実が、原告の社会的評価を低下させるに足るものであるか否かについて検討するのに、本件記載四において摘示されている事実は、<1> 原告が被告宅を訪れて、「鈴木氏の味方をする。鈴木氏の裁判を止めよ。自分は政治家にも暴力団にもやくざにもつながりがある。マンションを暴力団に売ったら一億円になる」と一方的にまくしたてたこと、<2> 原告が、海老澤という暴力団かやくざか分からない住民以外の第三者を巻き込んで、被告ら理事を脅したこと、<3> この脅しにより、理事会が決議をできなくなったこと、<4> 原告が鈴木啓之から提供された、被告の弁護士宛てファクシミリ書面に「宮川は右翼の名簿にあると長谷工は言っていました」との記載があり、これが名誉毀損の訴えの一つの材料となっていることであり、本件記載四のみを読めば、右各事実が摘示されることにより、原告が、暴力団又はやくざ者との付合いがある反社会的な人物又は右翼団体の一員であり、脅迫を手段として被告又は理事会に対し不当な圧力をかけたとの印象が生じることは否定できない。
(二) しかし、そもそも本件文書四は、本件マンション内の住民を対象として本件マンション内において配布されたものであり、本件マンションと関係のない一般の市民に対して広く配布されたことは全くうかがわれない。そして、前記認定によれば、本件マンション内の住民は、本件文書四の配布以前に繰り返し配布された原告ビラや「グリーンパーク東砂通信」等を通じて、原告と被告とが、本件マンションの管理方針をめぐる意見の相違に端を発して激しく対立するようになり、約二年間にわたり互いに相手を非難、中傷する内容の言動を繰り返し、平成九年ころには、両者の対立は、もはや管理組合の運営に関する議論を離れて、個人に対する人格攻撃の一面もあったこと(双方が作成したビラ等の激しい論調からすれば、このことは明らかである。)を十分に認識していたものということができる。
右のような経緯の下では、更に、対立当事者の一方が、相手方を非難、中傷する内容のビラを配布したからといって、当該ビラにおいて摘示された事実の内容、とりわけその具体性、事実摘示の方法等の点において、これが従前から双方が相手方に対して行っている言動と対比して著しく異なるものでない限り、これを受け取った住民が、一方が摘示した事実に着目し、その真実性に関して興味、関心を持つことは少ないものと考えられるから、一方当事者のかかる言動により、相手方が被る社会的評価の低下は、限られたものにすぎないというべきである。
(三) そこで、右のような点も考慮して、本件記載四によってもたらされる社会的評価の低下が、法の許容する限度を超え、被告が本件記載四を含む本件文書四を配布した行為が、法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性を具備するか否かを検討する。
(1) 前記認定によれば、本件文書四は、対立当事者の一方である被告が、原告から本件訴訟を提起されたことから、本件マンションの住民に対し、自己の立場を弁明し、被告への支援を求めることを目的として配布したビラであるというべきところ、本件訴訟における当初の請求原因である本件文書一ないし三による名誉毀損は、前記二ないし四で判示したところからすれば、いずれもほとんど理由がないことが明らかなものであったといえる。そして、本件文書四は、被告が、その作成又は配布から相当長期間を経た後になって原告から右のようなほとんど理由のない本件訴訟を提起されたことを受け、本件文書一ないし三を作成又は配布した前記認定の経緯にかんがみ、本件マンションの住民に対し、従前から原告と被告とが本件マンションの管理方針をめぐって鋭く対立し、原告が被告に対する非難や、被告と長谷工とが癒着しているとの中傷を繰り返してきたことを改めて指摘し、本件訴訟もまた原告の被告に対する攻撃の一つであると位置付けることによって、本件訴訟提起の不当性を主張し、自己の立場を弁明することを目的として配布したものであり、かかる行為は、当時の被告の心情としては理解できないものではない。
(2) また、本件記載四は、本件文書四のうち、原告と被告とが本件マンションの管理方針をめぐって鋭く対立したという紛争の経緯を説明する文中に含まれるものであることは前記認定のとおりであり、原告を直接的に非難、攻撃する文脈で記載されたものではない。
(3) そして、本件記載四において摘示された事実は、以下に述べるとおり、そのうち多くが具体性を欠くものである上、大筋において真実であると認められる。
すなわち、本件記載四に摘示された事実のうち、<1>については、原告が「暴力団にもヤクザにもつながりがある」という言葉を出したと認めるに足りる証拠はないものの、右<1>の主たる記載内容である、原告が被告宅を訪れて、規約違反をしている敬一らの味方をする旨の発言をし、理事会及び総会決議に反対して、敬一らに対する訴訟を取り止めるよう要求したこと、原告が、政治家とのつながりがある、自分が本件マンションの区分所有建物を暴力団に売ると言えば一億円で買ってくれるなどの発言をしたことは前記認定のとおりであるから、右<1>の記載内容は、その趣旨において事実に反するものとはいえない。また、<2>及び<3>には、海老澤の立場や原告が行った脅迫行為の内容は具体的に摘示されていない上、原告が、平野の依頼により、海老澤に対して本件マンションにおける被告による過去の管理組合運営の経緯及びその問題点を教示したこと、海老澤が、原告から得た情報に基づき被告に対する高圧的な内容の海老澤質問状を送付したこと、原告が、角屋に対し「海老澤氏がもうこれ以上待てないと言っている。」と述べ、そのころ海老澤質問状と共通する質問を記載したビラを配布したこと、これに先立ち、原告他数名の住民の妨害により、総会が二度にわたり流会となり、遂には第一三期理事選任予定者が辞退を申し出るなどした結果理事会の機能が停止してしまったことは前記認定のとおりであり、右一連の経緯にかんがみれば、被告が、これをもって、原告が海老澤という外部の勢力を呼び込んで、被告をはじめとする理事を脅した(前記<2>)、この脅しにより、理事会の決議ができなくなった(前記<3>)と考えたとしても、やむを得ないところであるといえ、その表現には針小棒大の憾みがある部分がないではないが、右記載内容が事実に反するものであるとまではいえない。さらに、<4>は、長谷工が「宮川は右翼の名簿にある」と発言したこと自体を事実として摘示するものではないことは明らかであり、原告が本件文書三に「宮川は右翼の名簿にあると長谷工は言っていました」との記載があることを知ったことを契機として本件訴訟を提起したことを摘示したものにすぎず、しかも、右摘示内容が事実に反するとはいえない。
(4) さらに、本件文書四は、前記認定のとおり本件マンションの住民に対して配布されたものであり、その事実摘示の方法においても、従前の原告によるビラ配布等の行動と比較して質的に異なるものではない。
(四) 以上のとおりであり、被告が本件文書四を配布したのは、原告が、既に本件マンションから転居し、ビラの配布を取り止めた後であり、かつ、本件文書四は、本件マンションの住民と直接関係のない被告個人に対する本件訴訟について弁明するために、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示するものであるから、被告が本件文書四を配布した行為は、これらの点で、不適切であるとの誹りを免れず、仮に被告が今後もこのような内容のビラを配布する行為を繰り返した場合は、違法の評価を免れ得ないものではあるが、右(二)及び(三)に認定説示してきたとおり、被告は、原告からほとんど理由のないことが明らかな本件訴訟を提起されたことを受け、自己の立場を弁明し、原告の不当性を訴えるために、原告と被告とが本件マンションの管理方針をめぐって鋭く対立したという過去の紛争経緯を説明する中で、おおむね事実に沿って、虚偽にわたらない範囲で前記<1>ないし<4>の事実を摘示した本件文書四を本件マンションの住民に配布し、もって本件記載四を公然摘示したものであり、右のような行為は、本件記載四において摘示された事実の内容、とりわけその具体性、事実摘示の方法等の点において、従前、原告と被告とがそれぞれ行ってきたビラ配布等の言動と対比して著しく異なるものとはいえず、これにより原告が被る社会的評価の低下は限られたものにすぎないことをも考慮すると、これのみをもってしては、いまだ法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性を具備するとまでは解されないというべきである。
3 したがって、本件記載四による名誉毀損をいう原告の主張は理由がない。
六 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 山田麻代 裁判官坂本宗一は、転補のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官 綿引万里子)